第5回 ついてない日
今日、午後2時12分、LAX到着でオースティン (テキサス) から戻ってきた俺は急いで空港から次のGIGへ向かった。ダウンビート
(開始時間) は3時からだ。ゲーッ!移動時間は車で25分はかかる。
そのGIGとは先々週、古くから知り合いのジムのバースデイパーティで何年かぶりに再会したギター弾きブリットのGIGで、「70年代を引きずったレイバン長髪穴あきジーンズギブソンレスポールゴリゴリブルースロックバンド」だ。
最近イカした女性ロックヴォーカルを導入して地元のクラブでLIVE活動をしている。ヴォーカルのリーヤは過去にテッドニュージェントや他の70年代ロックバンドのバッキングヴォーカルで3枚のゴールドディスクを受賞している熟練シンガーなので、すっごく楽しみだ。
俺は時計を気にしながら、確認の電話をリーヤにしたが、なかなかつながらない。再三、トライするが全然だめなので、直接、LIVE会場に電話した。一発でかかった。ラッキー!が、しかし、本番前なのにリーヤもバンドのメンバーも誰も来ていないと言う。ナ、ナンデ?
「午前中、雨が降ったので、本日のコンサートは中止になりました。」と早口で言われ、ガツンと電話を切られた。
俺は無償に腹が立ったが、仕方なく自宅に帰った。
自宅の留守番電話に2件メッセージがあり、2件とも今日やるはずだったGIGのドラマーからで、1件目は今日のGIGの確認リコンファーム。2件目はキャンセルのお知らせだった。コンサート会場はクラブの外のパティオ
(屋根の無いテラス) なので「雨天決行」は無理との事だった。ロスアンジェルスに午後に到着した俺は午前中に雨が降った事など知らないし、今は晴れてて、良い天気じゃねえか!
再度、無償に腹が立ったので、思いっきり誰かにあたるように、メキシカンギターの「ハラーナ」を弾きながら部屋中を歩き回り、熱唱して解消した。
俺の場合、何かに集中することで、「頭に来た」矛先を解消するのは20代後半からやっているが、思考をむりやり変えるのではなく、主に体を使った反復練習が良い。ただ近所を走ったり、ハーモニカのショートフレーズを歩くテンポにあわせて吹いて、部屋の中を何十週回ったり、最近ではハラーナの左手のストップを延々弾いたり、(やはりそのテンポで部屋中を歩く)
すると、次第にマジになって、時が経つのも忘れ、腹が立ったことも忘れている。すでに辺りは暗くなっていた。
そういえば、今週、レコーディングの予定があり、その資料音源を取りに行くのを思い出した俺は、サクッと夕食を済ませ、そいつ等がJAMってるナイトクラブに行くことにした。最近ご無沙汰しているシャーマンオークスにある「コージーズ」だ。
「コージーズ」はそのエリヤで長く続いてる優良ブルース店で、毎晩ブルースバンドが見れるし、毎週一回やっているJAMナイトに俺は6,
7年前から通っている。そのJAMを4年も仕切っているホストバンドのリーダーでヴォーカル、ギターを担当するジョン・マークスが今週入ったレコーディングのクライアントだ。
彼のミュージシャン遍歴は長く、ブルース、ジャズ、R&B系アーティストのレコーディングやロードに数多く参加している。俺の好きなハーモニカ吹きの「ウィリアム・クラーク」もやっていたので、その道に「ウルサイ」ブルースマンだ。その彼のソロプロジェクトに参加させてもらうのは、この上なく光栄だ。
いつも停めなれた路上駐車スポットに愛車を停め、店の前まで行くと顔見知りのキーボードの奴がいたので、「今日のJAMはどんな感じ?」と聞くと、結構盛り上がってるとの事だ。いつも顔パスで入れてくれるセキュリティーに挨拶して店に入ると、ナ、ナント!「カラオケナイト」じゃねえか!!!!
ヘソ丸出しで顔にピアスをしまくった女が泥酔状態でステージにひざまずき熱唱している。そのダチの女も知っているトコだけ中途半端に歌って・・・と言うよりタダわめいている。曲のキーもヘッタクレもないが、この店で俺がブルースGIGをやる時よりも客が入っているのだ。ステージの袖では、他の女達が次は私とばかり、黙々と歌本を検索
している。もう、グシャグシャだ。
こういった光景は日本の方が先駆者だけど、勤勉な日本人が作り出したハイテックなカラオケシステムは世界中に普及している。俺はかつて、日本のバブル全盛期に東京、渋谷のカラオケ居酒屋でアルバイトをしたことがあった。俺は接客係と同時にカラオケ係もやらされていて、毎晩、サラリーマンや学生の醜態を見てきた。客のリクエスト曲を何曲か先までカラオケマシンに記憶させ、自動演奏しているスキに接客したり、そいつ等が便所で吐いたゲロを掃除したり、喧嘩の仲裁に入ったり、精神的につらかった。仕事とはいえ、自分の時間を浪費している気がして悔しかった。俺は「カラオケ全面否定派」ではないが、今夜の様な光景は俺を当時にフラッシュバックさせた。俺は「ケッ!」という気持ちで店を出た。
顔見知りのキーボードの奴がまだ外でブラブラしていたので、
「どうなってんの!今夜はブルースJamじゃないの?店のオーナーでも変わったのかな?」と言うと、
キーボードの奴:「いや、店のオーナーは変わっちゃいないよ。Jamは明日だ。」
俺:「だってJamは毎週月曜日だろ?」
キ:「だから、そりゃ明日だって言ってんだろ!」
俺:「エッ!今日は月曜日じゃないの?」
キ:「今日はファッ○ンサンデーだ」
俺:「ガーン!?」
結局、単に曜日を間違えていた自分に気がついた。実は前にも同じような間違いを犯した事が幾度かある。俺は変則的な「WAR」のロードスケジュールで、たまに曜日、時間が混同してしまうのだ。旅先での集合時間に「キビシイ」俺でも午前、午後を間違えた事もあるぐらいだ。
俺:「じゃなんであんたココに来てるの?キーボード弾きに来たんじゃないの?」
キ:「大きなお世話だ!俺は近くに住んでて、寝酒をあおりに来ただけだ。」
俺:「OK、OK!又、今度な!」。
とっさに取り繕った俺だったが自分の愚かさに又、腹が立った。それよりも何年も通った「お気に入りのブルースクラブ」でカラオケをやってる事の方がショックだった。やはり、商売は商売だ。一般的にひまな日曜日の夜をカラオケで盛り上げようとする店の方針はわかるけど、今まで俺が勝手に抱いてきた「クールな店」のイメージはガラガラと音を立ててくずれていった。
レコーディングのための音源資料は、明日もう一度取りに来ることにして、家に帰ってサッサと寝ちまおうと思ったが、時計を見るとまだ午後10時過ぎの宵の口だ。
こんな「イケズ」状態じゃ寝れないよ。
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