第4回 LIVE AT CANTERS
イーストLAの「カルチュアルセンター」を後にし、ハリウッドのユダヤ人街にある「キャンターズ」へ向かった。「キャンターズ」はこの辺で一番でかいコーヒーショップ
(フルレストラン) で、ユダヤ系のデリカテッセンとベーカリーなども販売している。
開業は1940年代後半と古く、高い天井にぶら下がった宇宙的なデザインの照明器具も当時のままだ。ティーンエイジャーの頃、刈り上げたリーゼントに古着を着て、原宿、渋谷あたりを闊歩していた俺にとって、アメリカの50年代文化は必須アイテムであった。音楽、車、バイク、ファッション、インテリア、さらには建築物に至るまで、模索、研究していた。(ただそれが好きだった)
それゆえ、「キャンターズ」のような、半世紀経過した現在でも変わらず営業している老舗を俺は尊敬するし、ましてそこで演奏するとなると、まさに「カリフォルニアドリーム・カム・トゥルー!」だ。
この店の中に「キビッツ・ルーム」というバーセクションがあり、毎週月曜日、俺はドブロギター弾きのジェームスと「オールディーズブルース
(All these Blues)」と言う名のデュオで営業している。
主に戦前のフォークブルースを、ハーモニカとドブロだけで演奏する。ヴォーカルはジェームスだ。ジェームスは俺よりずっと年上でブルースの歴史にやたら詳しく、持ち歌にまつわる逸話を話してくれる。長年この世界にドップリ漬かったその風貌とパフォーマンスは彼にしか求め得ないものだ。
店に入って行くと既にジェームスがセッティングしている。セッティングといっても、狭いステージにマイク2本と椅子2脚、ギターアンプ1台と極めてシンプルだ。客は60年代から生き残った老ヒッピー達や、労働者、アート学生風の奴、ハリウッドと言う場所柄か、映画関係者っぽい人など地元の音楽好きが集まっている。彼らは、今夜の俺達のように時代に逆行する素朴な生演奏を尊敬してくれる感があり、皆親切だが、さほど真剣に聞いているワケでもなく、それぞれ、好き勝手に時間を過ごしている。
俺とジェームスはステージに上がった。何にも客のリアクションがないまま、一曲目をスタートさせた。お馴染みBフラットのスローブルースだ。ブルースや他の黒人音楽を演奏する時、何故かフラット系のキーが合うのは気のせいだろうか。
10穴ハーモニカ吹きにとって、Bフラットの曲は、ファーストポジション、セカンドポジションといった別のハーモニカの組み合わせでフレーズの音域を拡張できるので、嬉しいキーだが、一曲目だったので、「こわざは後に取っておく」的なセコイ考えで、通常のセカンドポジションで演奏した。曲が終わると、パラパラ拍手が来た。パラパラでも拍手をもらうとすごく嬉しい。
常日頃、「聞いてくれる人がいる以上、それがたとえ一人でも、良い演奏を心がけ、喜んでもらうのが芸人 (プロ)」と、たてまえを無理矢理、自分自身に言い聞かせていた俺だったが、「うけると図に乗るのが芸人
(プロ)」と言うところが心情だろう。
そんな事とは全然関係なく、ジェームスのMCだ。いつもジェームスはひねくれたジョークをイヤミっぽく言うが、客にうけたことが無い。それはジョークではなく、ただのイヤミだからだ。以前、日本で流行っていた「毒舌漫才」のように、俺が「ボケ役」をかって出れば、場もなごんで良いのだが、残念ながら俺にはその「タレント」が無い。とりあえず、「へえー」とか「ホント?」とか、たまに「なに言ってんの?」ぐらい、合いの手を差し伸べるが「イヤミ」は「イヤミ」だ。俺は「早く次の曲へ行け」と目で合図した。ジェームスは渋々ギターを弾き出した。カントリーラグ調の「サンフランシスコベイブルース」だ。イントロにカッチリとしたカウンターメロディーがあるのでやりやすい曲だ。
立て続けに2, 3曲演奏した頃、見知らぬ客からステージドリンクの差し入れがあった。ジェームスにはスカッチの水割り、俺にはジンだ。良い演奏をしてタダ酒にありつくのは、昔からブルースマンの術(スベ)だ。ハーモニカで切った唇にジンがしみるが、客のオゴリで気分良くなった俺たちは演奏し続た。
俺たちはもう、「水を得た魚」、「Kids in Candy store」的心理のノリノリ状態で、さらに2曲演奏した。すると何処からか、俺たちのノリに反する雑音が聞こえてきた。ふと振り返ると、誰かがウッドベースを弾いている。ノッて来た俺たちに便乗しようと、しゃしゃり出てきたのだ。
彼は俺たちの後に演る前衛ジャズグループのベース奏者で、謀音楽大学を首席で卒業したエリートプレイヤーだが、先週一緒に演奏してみて「息が合わない」ことは分かりきっていた。音こそ外さないが、机で勉強したジャズ理論で自分勝手に弾いている奴の演奏を「セン○゛リプレイ」と称して敬遠している俺にとって、彼の参加は必要ないし、たとえどんなに優れたプレイヤーでも、ノリを合わせられない奴は俺のバンドでは失格だ。そうこうしてるとドラムも入り、ピアノ、パーカッションと、最終的に5ピースまで膨れ上がってしまった。皆、前衛ジャズバンドの奴らなので、ジャズ理論を知り尽くした上でのJamだろうが、「前衛」すぎて俺には理解できないし、ムシロ、俺たちの曲の主旨を無視した彼らの身勝手な演奏に腹がたった。結局、「第二回、素人インテリミュージシャンセン○゛リ大会」になってしまったので、俺はステージを降りた。「セン○゛リ」は人知れず自宅でやってもらいたいものだ。
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