傀儡 (くぐつ) のよしなしごと 80 [ 2009年9月 ]


End of summer, Lake Michigan.
Photo by Ariyo

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2009年9月3日(木曜日)

ローザスに3組の日本人客来店。その中のひとり、カメラマンのO君が帰り際にオレを叱る。

「早く日記を更新してくださいよ」
「うん、最近徐々に更新し始めたでしょ」
「あのね、誰も今、4月の日記なんて読みたくないの!もうそんなもんトバして、一気に9月分から書きなさい!」
「は、ハイ、分かりました」

ってことで、「現在」(それでも数日遅れ)に戻って仕切り直します。が、公開しているとはいえ、日記は未来の自分への手紙に等しいものなので、また結構なネタも溜まっているので、5月以降もちょこちょこ書き足させてもらいます。
回顧録とまではいえなくとも、「更新」と呼ぶのが恥ずかしい過去日記ですが、お読み漏らしのないよう、変則な「よしなしごと」を今後ともよろしくお願い致します。

告知

実家の都合で二週間ほど帰省します。急に帰国が決まったにもかかわらず、友人たちが用意してくれました。他に個人レッスンなども予定していますので、またお知らせします。

10/3 ブルー・ノート(京都河原町)
10/6 スタジオ"Folio"/ブルース・ピアノセミナー(京都東山仁王門)
10/7 ラグ(京都三条木屋町)
10/8 レイン・ドッグス(大阪東梅田)
10/12 スートーミー・マンディ(横浜)


2009年9月7日(月曜日)

美容室や受診、和太鼓鑑賞など、先週の木曜日から所用が重なり、昼間は郊外(ミツワ付近。自宅から約25キロ)まで毎日通っていた。風邪を引いたか、熱はないものの金曜日からの咳がひどくなり、ゴホンの度に体力が奪われていく。今日のアーティスでは、タオルを口元から離さないオレをみんなが避けていた。

過去日記5月17日付け、更新しました。


2009年9月8日(火曜日)

誰某がキャンセルになったといって、SOBが急遽「バディ・ガイのお店/レジェンズ」で演奏。

普段は週末のトリのウチらが、前座なしの平日の仕事を引き受けたので、ビリーは強気だったのかも知れない。たかだか90分と75分の2セットのみなのに、一回分が長すぎると、後半を60分で切り上げようとした。副店長や音響係が飛んできてステージ脇で泣きつき、大将は折れたが、示威行動(店との駆け引き)のように映り、危ういことこの上ない。ビリーに「お願い」をしていた音響係の、時おりこちらを見やる悲しげな目が、「お前も説得に協力してくれよ」と訴えていたのは明らかで、文句があればバディ・ガイに直談判できるリーダーとは違い、ヒラのオレは巻き込まれないように祈るばかりであった。


2009年9月11日(金曜日)

マインズ仕事の日はどうしても遅い就寝になる(現在午後1時前)。今晩はSP20sでHOBだが、出番が午後11時からなので、これから寝て、起床予定は午後9時前。いっやぁー、この「午前・午後」を反対にした生活をしたいが、それはそれで考えられない。

それにしても寒いままだった夏も過ぎて、ようやく暑い日がやってきた。久し振りのエアコンが心地良い・・・本当、このまま夏に戻っていく錯覚が何ともいえない。だから、束の間の疑似夏を楽しもうと、街は週末の夜の如き賑わいを見せる。 

マインズの帰り道の午前4時半、超ミニのタイトで颯爽と自転車に乗る若いおねぇちゃんを見掛けた。最初は派手な短パンと見紛(まが)ったが、下穿(ば)きが水着などの見せても良いものであったとしても、それは本人の羞恥に関する自己満足であって、傍(はた)からは、車を停めて眺めていたいほどの濃艶な妖花としか映らない。エスコートなど、ある種の業界の方かも知れなかったが、惜しみゆくシカゴの夏の夜(よ)の風景(2006年7月3日参照)であった。


2009年9月13日(日曜日)

不統一な読みにくい書き様で申し訳ありませんが、みなさま、よろしくお願いします。

・10月3日(土)「アリヨと僕のデュオ」
有吉須美人&小竹直(G.Vo.)
京都・河原町 ブルー・ノート
8:30PM 開演 ¥2500(075)223?0398
・10月6日(火)「ブルースピアノ・セミナー」
スタジオ"Folio"(京都東山仁王門)
8:00-9:30PM \3.000
※問い合わせ
ariyo57@hotmail.com

・10月7日(水)「アリヨ & Bad Friends」
※有吉須美人(Pf)、西野やすし(G.)、田中晴之(G)、小竹直(G)、山田晴三 (B)、小林健治(Ds)
京都:live spot RAG
075-255-7273
OPEN 18:00 /START 19:30
前 \3000/当 \3500/学生 \2500

・10月8日(木)「アリヨ & Bad Friends」
※有吉須美人(Pf)、西野やすし(G.)、田中晴之(G)、小竹直(G)、山田晴三 (B)、小林健治(Ds)
大阪・梅田:RAIN DOGS
06-6311-1007
OPEN 18:30/START 19:30
前 \3000/当 未定

・10月9日(金)
"Bar RUFFHOUSE"香川県高松市田町2-3岡ビルB1F
Info : 087 835 9550
HP:http://barruffhouse.jp/
携帯サイト:http://m-pe.tv/u/?barruffhouse
http://ruffhouse.blog.so-net.ne.jp/

・10月10日(土)「ブルースピアノ・セミナーとミニ・ライブ」
西村ヒロ(ゲスト):ハーモニカ
19:00スタート 場所「かふぇ&ほーるwith遊」
http://cafewithyou.web.fc2.com/
杉並区荻窪3-46-13(荻窪駅から徒歩7分)
電話03-6661-2336

受講者 \3,500
聴取者 \2,500
1ドリンク付き
連絡先(西村ヒロ)herosharp@yahoo.co.jp

http://www.geocities.jp/herosharp/

・10月12日(月)
" LIVE CAFE STORMY MONDAY " 横浜

http://www.STORMYMONDAY-JP.com


2009年9月17日(木曜日)

ローザスのトニーが欠席。代役は盲目のドラマー、ケニー・コールマン。主役のジェームス・ウイラーを立てながら、セッション・ミュージシャンを仕切って(誰が誰とどれだけ演るかを決めて段取りする)ベースのアリにアナウンスを指示。トニーが不在だとオレに気を使うヤツが増える。早い出番や演奏時間を長くして欲しいのは分かるが、受付順や技量なども考えて、出来るだけ公平に、なおかつ後で恨まれぬよう割り振るのに、こっちが気疲れしてしまう。おまけにルリー・ベルやジョディ・ウイリアムスまで遊びに来ていたし。

受付の用紙を見ると、ひとりピアニストがいた。"Dr.Blues"とある。どんなヤツかと訝しがったが、出たがりで目立ちたがり屋のたまぁに見る顔で、前は普通の名前だったはずだ。自称音楽教師のその男は、「今日は客を14人連れて来たから、早いうちに出してくれ」と粘り着くような口調でオレに要求した。言われなくても他にピアニストがいないので上げるしかないが、どうみても14人連れとは思えない。

「えっと"Dr.Blues"でしたっけ、お名前は何ですか?」
「いや、ああ、そこにある通り"Dr.Blues"じゃないか」
「私が訊いているのは、アナタの名前ですよ」
「ん、んん、だから"Dr.Blues"だ」
「本当に"Dr.Blues"でイイんですか?」
「・・・Mだ」
「はいっ、Mさんですね。じゃ、次出てもらいます」
「あ、ありがとう」

どんな業界でも自ら「ドクター」と名乗るお方は、その「中身」に余程の自信があるに違いない。"Dr.John"はブードゥー教司祭の名を取ったといわれていて、それに相応しい演奏があってこそ定着した名前である。

Mさんを「ブルーズ博士」と呼ぶにはあまりにも恥ずかしかったが、MCのアリには"Dr.Blues"と告げた。傍の客が「あいつ自分で "Dr.Blues"だと名乗っているのかい?"Dr.Bruis"(ブルーズ:傷付くなどの意)じゃないのかい」と言ってカラカラ笑った。そしてMさんの演奏が始まると、その客は笑い声を一層大きくした。


2009年9月18日(金曜日)

『シカゴ総領事館緊急一斉通報』がメールで配信された。

日本人の多くが居住するシカゴ市北西郊外(オレのよく行く大型日本食料品店のミツワ付近)で、昨日の午前、護送中の強盗犯が警官の銃を奪い逃走。丸一日経った今朝、女性の運転する車を強奪して近くの銀行に押し入る。犯人には土地勘があり、現在も辺りに潜んでいる可能性があるので、在留邦人は「不要不急」の外出は避け、出ても独りにはならないようにネ

てな旨ことが記されている。ふむ、護送中に逃走は稀だが、オレの住むシカゴ市内では逃走中の容疑者が徘徊している云々など結構耳にする事件だし、ましてやオレの職場のひとつやその通勤途中(ましてや夜)はメッカでもある(2007年5月14日2007年5月16日参照)。シカゴ市住民にとって、それで一々外出を避けていては、生活が成り立たんじゃないかと開き直るしかない。「こっちは常に気を張りつめ、ある種の覚悟で暮らしてますよ」とは極言かも知れないが、時と場
所で潜在的な緊張感は激しく変わる。

しかし、在留邦人保護の義務のある領事館にすれば、上記の如き注意すべき情報の配信はもっともなことで、もとよりサウス・サイドやウエスト・サイドへは、「なるべくなら寄らないようにネ」と勧告するまでもなく、日本人が足を向けることはほとんどない。

あらためて郊外はのんびりしているなぁと思ったが、事件を知らずにミツワで買い物をした知り合いによると、付近の大通りはパトカーでごった返していたそうだ。そりゃ、護送中に拳銃を奪われた警察の面子があるわなぁ。

メールでは「犯人」とあったから、容疑者ではなく裁判で犯罪が確定した者に違いないだろうが、「護送警官から銃を奪って逃亡ー車を強奪ー再び銀行強盗」といった、もう君、死ぬ気?としか思えないヤケクソの行動は、最期は警官に射殺という結末を自然と予期する、まぁ、ありそうな事件でもあった。


2009年9月19日(土曜日)

はぁ、クラシック・ブルースを主に唄うKさんとのリハーサルを、サウス・サイドの彼女の自宅で。「CD出すから手伝ってちょうだい」はイイけれど、聞けば二人きりのアコースティック。それにしても、市南部の道はデコボコで走り辛い。

昨日の話題の犯人は捕まったって誰かから聞いた。死なんで良かったね。


2009年9月25日(金曜日)

ベースのチャールズ・マックにドラムのプーキーと、初めてで唯一のリハをしたのが火曜日。頼もしい二人だけど、オレがしっかりとリードできないから宝の持ち腐れにならないように頑張らないと。昨日ニューオリンズからツアー中の山岸っさんと、互いの仕事終わり(オレはHOB)に合流して、帰宅が午前4時過ぎ。うう、この大変な時期に遊び過ぎ・・・。でも、山岸っさんからは元気を一杯貰った。

そしてハイドパーク・ジャズフェス前日の今日、最後まで曲順に悩んでる。珍しく個人練習に励むものの、日頃の不精が祟ってちっとも良くならない。

<質問>アナタはジャズフェスの本格的な準備をいつから始めましたか?
<答え>今週から

今年の春先からジャズフェスのオファーを受けていた。「お前は今までなにやっとったんじゃ!」という天の声を耳鳴りに、半泣きで鍵盤を叩いてる。うう、もう寝んとアカンのに日記まで付けて、付け焼き刃では太刀打ちできん人らが大勢出演するというのに・・・。

" 38 bands and over 200 jazz musicians are ready to provide you with 15 hours of FREE non-stop jazz"(38バンド、200人以上のジャズ・ミュージシャンらが、休みなし15時間の無料ジャズをお届けしようとお待ちしております)

はい、私、ジャズ・ミュージシャン・・・うう、やっぱりもうちょっと仕込みしとこ。


2009年9月26日(土曜日)

幻のトリオ"Ariyo-C"で、ハイドパーク・ジャズフェスティバル。

400人収容の劇場で、ジャズを意識して練ったのに、計画の4割も果たせなかったのは残念。だって、みんながカンカラ・カンカラ叩けと煽るんだもの。それでもお客様がスタンディング・オベイションって、うう、ジャズファンは素晴らしい。

それにしてもドラムのP!あれだけオレ(リズムキープできない)に釣られて走るな(途中でテンポを早くする)と言ってたのに、お前はどこまで行くネン!指が絡まりそうになったわ。そして衣装・・・チャールズ君はオレが指定した黒シャツ・スラックスがなかったのでタキシードを着てきたというのに、Pは黒は黒でもジャージの上下。当然足元はナイキ。おまけに金の光ものを胸からぶら下げて、ほなら何か、ワシらはヒップ・ホップの3人組か!でも楽しかった。