And This Is Maxwell Street

そしてこれがマックスウェル・ストリートだ、の巻


「And This Is Maxwell Street」
「マックスウェル・ストリートの伝説〜ライブ 1964」
(P-VINE PCD-5527/28)


世の中何が起こるか分からないもので、長年生きていると、色々と面白いことが起きるものである。
パソコンなど無縁の世界と思っていた私がMacを購入し、ネットサーフィンなどを楽しんでいた。すると、突然「And This Is Maxwell Street」というサイトに飛び込んでしまったのだ。そこに書かれた英語を苦労しながら読んでいくと、「1964年のマックスウェル・ストリートでのライブ音源が発見され、CD化の準備が進んでいる」と書いてあるではないか。いやー、これにはたまげたね!
さっそく制作元にコンタクトを取ってみたのだが、それが彼らとの付き合いの始まりで、ほんの少々ではあるがお手伝いをさせていただいた。
CDの方は、99年5月に、無事にP-VINEから発売され、既に多くの皆さんがお買い求めになっていると思う。
また、CDの内容や、制作の経過などは、あらゆるところで宣伝させていただいたし、ライナーの方にも詳しく書いてあるが、私のサイトにも載せないわけにはいかないのでUPさせていただいた。
しばしお付き合いの程を...

映画『And This Is Free』について
CDの紹介をする前に、このCDの音源となった、映画『And This Is Free』の紹介から進めていかなくてはならない。
マックスウェル・ストリートを紹介した映画『And This Is Free』は、タイム誌やライフ誌等で活躍していた、写真家のマイク・シェイ氏が、始めて制作したドキュメンタリー映画だった。
しかも、それだけではなく、当時フランスから巻き起こってきた、新しい形のドキュメンタリー映画の作り方である「Cinema verite」(直訳すると「真実の映画」)を初めて取り入れたアメリカ映画のうちの一つだったのである。
この「Cinema verite 」という手法は、始めにストーリーを考えてから撮影をするのではなく、まるで自分の目で風景を見ているかの様にカメラを回し続け、撮影後に編集をしていくと言うやり方である。さらに重要なのは、ナレーションを使わないことと、演出をしないということ。道行く人やミュージシャンに「こうやってくれ」などと注文をださず、自然のままにを記録していくことだ。
つまり、この映画のコンセプトは、マックスウェル・ストリートの風景・生活・匂い、そして音楽など、その全てをありのままに記録すると言うことにあった。映画を見てもらえば分かると思うが、場面が変わると音(音楽)も変わる。淡々と流れる映像の中に、マックスウェル・ストリートの、日常の全てを詰め込んだ映画なのだ(ブルースファンが期待しているような、ブルース・マンの記録だけを目的に撮られたものでは決してない)。
 
さらにつけ加えるならば、この様な撮影方法を可能にした裏には、当時発売されたばかりの最新型の機材の存在があった。
それまでの映画撮影用の機材との大きな違いは、カメラと録画機器、マイクと録音機器とがケーブルで結ばれておらず、無線で飛ばしていたと言う。そのためにカメラマンは、自由にマックスウェルの雑踏の中に入り込むことが出来たのだ。今でこそ(システムは違うのかも知れないが)当たり前になっているが、当時は大変珍しく、しかも画期的なカメラだったに違いない。その証拠に、当時シカゴでこのカメラを持っていたのはシェイ氏だけだったと言う証言もある。


撮影は1964年8月24日から同年12月27日までの約4カ月間、毎週末に行われ、総撮影時間は100時間(音楽関係の映像は約2時間)にも及んだという。スタッフの中には、白人ブルースマンの草分け的存在であったマイク・ブルームフィールド氏も加わっており、彼のアドバイスにより、多くのストリート・ミュージシャンの撮影も行われた。
また、ブルームフィールド氏によるロバート・ナイトホークへのインタビューは、44分間にも及んでおり、これだけでも、大変貴重な記録と言えよう。
 
さて、撮影を終えたシェイ氏は、翌65年に編集をすませ、一本の映画を完成させた。
それが『And This Is Free』なのである。
しかし、当時は、あまりにも前衛的だったためか、正当な評価が得られなかったらしい。アメリカ国内やヨーロッパで数回上映されたが、その後は(何回かはTVでも放送された様だが)そのまま倉庫に保管されてしまったようだ。文字どうりお蔵入りしてしまったのだ。
シェイ氏自身は、その後ハリウッドへと移り、名カメラマンとして活躍することになるが、いつも『And This Is Free』の存在を気にかけていた様である。

さて、そこで気になるのは未発表のままになっている映像の方である。実は映像の部分と音声の部分は、別々に保管されていた。この映画がお蔵入りになった後、映像部分はニュージャージーの倉庫に保管されていたらしいが、(おそらく)その倉庫の引っ越しの際に、全て捨てられてしまったらしいのだ。なんともったいない!
幸い、映画として完成していた部分は無事だったので、現在シャナキー社からビデオとして発売されている(現在は残念ながら廃盤となっているが、Studio Itが権利を獲得しているので、近い将来再発されることを願おう)。
私もそうだが、このビデオを見たブルースファンの皆さんは「もっと演奏シーンを見たい!」と思っただろうが、今となってはあの映像が全てなのである。また、シェイ氏が撮影した物以外に、ナイトホークの映像は見つかっていないので、今のところ現存する唯一の映像だということをつけ加えておこう。
また、ブルースファンとしての視点からだけではなく、アフリカ系アメリカ人や、東欧からこの街に移住していたユダヤ系の人達にとって、いや、アメリカという国にとって重要な歴史的遺産であるマックスウェル・ストリートを、余す事なく映し出したこの映画は、大変貴重な記録と言える。
もちろん、優れたドキュメンタリー映画であることは言うまでもなく、是非、多くの皆さんに見ていただきたい作品なのである。

CD『AND THIS IS MAXWELL STREET』について
1980年にラウンダーから発売された、ロバート・ナイトホークの『Live On Maxwell Street』は、まさに世界中のブルースファンを驚喜させたアルバムであった。
そして今、L.A. に在るStudio Itにより、ナイトホークの未発表曲の他に、そのアルバムに収録されていなかった、他のブルースマンの演奏をも全て収録したCDが制作され、P-VINEより、全世界に先駆けて先行発売された。
タイトルは『And This Is Maxwell Street』(邦題『マックスウエル・ストリートの伝説〜ライブ1964』(PCD-5527/28)という。

このCDの紹介をする前に、前述した『Live On Maxwell Street』について触れておかなければならない。
このレコードを見てもらえば分かるが、プロデューサーとしてノーマン・デイロン氏の名前が大きく出ているが、実際にこの記録を撮ったマイク・シェイ氏の名前は、隅の方に小さく出ているだけである。これでは、誰もがデイロン氏がテープ・レコーダーを持ち込んで録音したと、勘違いしてしまうだろう。実際どの文献を見ても「ノーマン・デイロン制作」となっているし、私自身もそう信じて疑わなかった。
しかしデイロン氏は、実際に撮影現場に立ち会っては居たが、いちスタッフとしての立場に過ぎない。彼は、シェイ氏から、全く個人的に、記念として貰った録音テープをコピーし、勝手にレコードを作ってしまったのだ。
そればかりか、ブルズアイから発売されていた『Rare Chicago Blues,1962-1968』というCDの中にも、この時の音源が二曲収録されているが、そのライナー・ノートに「録音機材を貸してくれたマイク・シェイ氏に感謝する。」などと書いている。厚顔無恥とはこう言う奴のことを言うのだろう。

人の悪口はこの位にして、このCDの事について、さっそく触れていくことにしよう。
今回のプロジェクトは、思いがけないアクシデントから始まった。映画『And This Is Free』の撮影後、ハリウッド映画界の名カメラマンとして活躍していたマイク・シェイ氏が、1995年に、乗っていたヘリコプターが墜落して亡くなってしまったのだ。ロック・ミュージシャンのプロモーション・ビデオを撮影中での出来事だった。
しかし、運命のいたずらとでも言うのか、彼の死後、息子のパトリック・シェイ氏が、遺品の中から大量のオープン・リールを発見した。そしてその中の一本を、彼の友人でありブルースファンでもあるStudio Itのイアン・タルクロフト氏のもとに持ち込んだのであった。さっそく、それを聴いてみると、なんと!そこには、マックスウェル・ストリートでのジョニー・ヤングの演奏が収められていたではないか!!
そして、この貴重な記録をなんとか発表できないものかと模索を始めたのが、このCD制作プロジェクトの始まりだったのだ。

さてそこで、ブルースファンの皆さんが、多いに気になるのはそのCDの内容であると思う。
まず第一に挙げられるのは、正当な権利を持って発売される正規盤だということ。
そして第二に、音質が飛躍的に向上している事である。考えてみれば当たり前の話だ。マスター・テープから直接録っているので、コピーをさらにコピーしたラウンダー盤とは大違いなのは間違いない。
さらに特筆すべきは、発見された二時間分のテープのほとんど全てが収録されているということ。未発表曲はもちろん、ミュージシャンどうしの会話や、聴衆とのやり取りなども数多く含まれている。
また、ラウンダー盤と聴き比べていただけば分かるが、実は長い曲は無礼にも短く編集されていたのだ。もちろん、これらも手を加えずに完全収録されている。
楽しみと言えば、充分な時間をかけて、入念に調査されたレコーディング・データ類もそのひとつ。謎とされていた『Nighthawk Shuffle』(本当のタイトルは『Red Top/Ornihology』)でのリード・ギターがリトル・アーサー・キングという人だと言うことが判明したし、ほとんどのパーソネルも明らかになっている。
また、曲の正確なタイトルや作者名も、出来得る限り正確なものにしている。一つの証拠だけではなく、二重三重の検証を積み重ねたこれらのデータ類は、(ラウンダー盤がいい加減だっただけに)私たちに新たな発見を見いだすことになるだろう。

このCDでは、ラウンダー盤に未収録であったジョニー・ヤング、ジョン・レンチャー、キャリー・ベル、モジョ・エレム、ジェームス・ブリュワー等の素晴らしい演奏が含まれている。
ジョン・レンチャーは、マックスウェル・ストリートを中心に活動をしていた片手のハーピストである。数少ない彼の録音は、どれも高いクォリティーを保っているが、私はこのディスクに収録された3曲がベストではないかと思っている。ディスクからも伝わってくるが、マックスウェル・ストリートに集まる聴衆を熱狂させていたのが手に取る様に分かる。「この場に居たかった!」と感じさせる瞬間だ。
ジョニー・ヤングは、60年代を中心に数多く録音を残しているものの過小評価に甘んじている一人である。彼は、数少ないマンドリン・プレイヤーとしても有名だが、ここではギターに専念している。しかし、なんと言っても彼のブルースの価値を高めている、深い味わいのあるボーカルを是非とも聴いていただきたい。
キャリー・ベルは、現在シカゴNo.1ハーピストとして余りにも有名な存在だ。そんな彼の初録音がここに残されている。その場で即興で作ったインストが殆どだが、そのハーモニカのプレイには、ウォルター・ホートンの影響をうけた今日の彼のスタイルを垣間見る事ができる。また、ライナーの随所に出て来る彼の証言は、読む者を興奮させる貴重な話しだ。
また、このCDの価値を高めている物の一つに、おそらくブルースと同じ位演奏されていたであろうスピリチュアルが4曲収録されている事である。およそ無名な人たちが続くが、グイグイと盛り上がって行く様は、35年の時を経て自宅のステレオで聴いている私達をも興奮させる熱演だ。
まだまだ紹介していない人が多くいるが、最後にこのCDの「主役」でもあるロバート・ナイト・ホークについて一言触れたい。とは言うものの、彼については多くを語る必要はないであろう。戦前から活躍し、B.B.キング、アール・フッカーら多くのブルースマンに多大な影響を与えた偉大なブルースマンである。彼の、まるでスピーカーから滴り落ちて来るようなスライド・ギターのプレイに話題が集中しがちだが、彼の味わい深いボーカルにも是非耳を傾けていただきたい。

このCDは、1964年という年に(少なくともレコードやヒット・チャートの上では)死の淵に瀕していた、ダウン・ホームなスタイルのブルースが、マックスウェル・ストリートの片隅では、まさに生き生きと脈動していた事を物語る貴重な記録である。いや、ブルースばかりではない。Disc 1の最後に収録された「吹き人知らず」のミュージシャンのパフォーマンスに、心を踊らせたのは私だけではないはずである。
この様に、64年当時のマックスウェル・ストリートの音楽、空気、臭いを全て詰め込んだこのCD。是非とも一家に1セットお持ちいただきたいと切に願う次第である。

なお、2000年10月に発売された米Rooster盤は、マイク・ブルームフィールド氏によるナイト・ホークへのインタビューを加えた3枚組みとして発売されている。


AND THIS IS MAXWELL STREET
DISK ONE
1. The Sun Is Shining- Johnny Young
2. Can't Hold Out Much Longer - Big John Wrencher
3. Juke Medley - Carey Bell
4. That's All Right - Robert Night Hawk
5. Red Top/Ornithology - Little Arthur King
6. Maxwell Street Jam - Carey Bell
7. Lucille - Big John Wrencher
8. Corinna, Corinna - Arvella Gray
9. Power To Live Right - Carrie Robinson
10. Cheating And Lying Blues - Robert Night Hawk
11. Honky Tonk - Robert Night Hawk
12. Dust My Broom - Robert Night Hawk
13. Peter Gunn Jam - Robert Night Hawk
14. I Need Love So Bad - Robert Night Hawk
15. All I Want For My Breakfast - Johnny Young
16. Take It Easy, Baby - Robert Night Hawk
17. Long Gone John - Unknown Harpist

DISK TWO
1. Mama, Talk To Your Daughter- Big Mojo Elem
2. I'm Ready- Carey Bell
3. Carey'n On- Carey Bell
4. When The Saints Go Marching In- James Brewer Group
5. Back Off Jam- Robert Night Hawk
6. John Henry- Arvella Gray
7. Anna Lee/Sweet Black Angel- Robert Night Hawk
8. Love You Tonight- Big John Wrencher
9. The Time Have Come- Robert Night Hawk
10. Cruisin' In A Cadillac- Carey Bell
11. Honey Hush- Robert Night Hawk
12. I'll Fly Away- James Brewer Gospel Group
13. I Shall Overcome- Fannie Brewer

(1999年10月3日記)
(2000年11月4日改訂)


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1999-2002 by Hiroshi Takahashi