傀儡 (くぐつ) のよしなしごと 68 [ 2008年6月 ]



"Rosa's Lounge All Stars, Chicago Blues Festival 2008"
Copyright : Harlan Lee Terson

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2008年6月2日(月曜日)

世界最大のブルース・フェスである、"Chicago Blues Festival"の週になった。アーティスでは、州外のみならず世界各国からのお客様が集い、息苦しい程の盛況だった。欧州からはイギリス、スペイン、イタリア、フランス、スイス、ロシア、リトアニア、中南米からはメキシコ、コロンビアなど。去年のスイス、ルツェルンのブルース・フェスで知り合った夫妻は、オレの真ん前の席に陣取り、喝采をおくってくれる。

彼らとは、"You tube"*でアップされたルツェルンのブルフェスでの映像が話題に出た。そこにはオレのソロの部分しか映っていないが、ブルフェスの公式サイトのギャラリーで見られる写真は、当然ビリーのものが圧倒的に多い。ってゆーか、モーズやニックなど、黒人様の画像が意図的に多いと感じられる。それが「音」で活躍していなくてもだ。丸山さんが在籍中に初めてルツェルンに登場したときは、日本人コンビの顔だけが切られてパンフに載せられていた。

黒人文化を起源とする「ブルース・イベント」から非黒人色を排除したいプロモーターの意思は、商売としては理解出来るが、露骨すぎるのはさすがに腹が立つ。こういうときはいつも自分を納得させるために、「もしも舞妓さん・芸妓さんの花街の世界に非日系の優れた踊り手が存在していても、『都踊り』の宣伝に西洋系の顔を載せることは避けるだろう」と、主催者に理解を示す振りをする。そして少しだけ悔しさを見せるのだ。「但しオレがクラプトンやレイボーンのような有名人だったら話は違うけど」。

ルツェルンでは反省したのか、去年は全員載っていたが古いプロモ写真だったので、現在はメンバーでない丸山さんも顔を出すちぐはぐさを見せた。

そういや、2003年と2007年のシカゴのブルフェスはオレもソロ出演したから、市の公式サイトのギャラリー**はどうなっているかと調べてみた。

2003年は写真数が少なく見当たらなかったが、去年のステージは、オレの単品が一枚貼られていた。おう、やるなシカゴ市!へて、大ステージで2時間半繰り広げられた「ビリー&お仲間たち」の写真は、大将を含めて一枚もありませんでした。おう、やるなシカゴ市!

*"You tube"で"Lucerne Blues Festival 2007-Piano Solo"を検索。
**下記アドレスの"Photo Gallery"で、2007年をクリック。
www.chicagobluesfestival.us


2008年6月3日(火曜日)

休日に終日日用品の買い物・・・ああ、短い一行に同じ字(日)が三つも続くのって嫌!

民主党の大統領候補指名、バラック・オバマに確定。これでようやく何年も我慢してきた(2003年12月25日2004年2月10日参照)アメリカ牛肉を解禁できる。

オレの「断(米牛肉)食」は狂牛病によるリスクからではない。かつて日本でBSEが問題になったとき、世論の強い抵抗に政府は全頭検査をして国民の信頼を得た。ところが和牛肉を輸入禁止していたアメリカで感染牛が発見されると、「オレたちが毎日食べているから大丈夫だ」と輸入解禁へ圧力をかける。怪しげな科学的根拠を持ち出して輸入を再開させても、現場のずさんな検査で合意を踏みにじる。そしてやっぱり我が国の政府は、国民の食の安全よりも、同盟国への忠義を示してしまうのが情けない。そんな覇権主義的なこの国の有り様に腹が立って仕方がないのだ。だから、せめて自分自身への慰めに、ささやかなレジスタンス(抵抗)がしたかった。アメリカが少しでも変わったと思えるまでは。

オバマさんが、ローザスのトニーの奥さんで市民派弁護士のマーニの元同僚だった関係から、彼が上院議員に立候補したときのキャンペーン・パーティで演奏した。スマートで理知的な風貌のアフリカ系の若い候補は、外国人のオレでさえ引き込まれる演説で、ピアノの演奏を褒めながら握手する大きな手が印象に残った。いつかこんな人が大統領候補に選ばれる日が来れば、この国は変わったと思えるかも知れないと、そのときは漠然と期待したが、まさかこんなに早く実現するとは思わなかった。

大義を振り回して先制攻撃したイラク戦争が象徴するように、アメリカが過去を反省することのないのは分かっているし、自分の支払う税金が、遠くの無辜の人々の命を奪うことも知っている。地球温暖化防止に消極的なのは自国企業の「自由」を守るためで、原油や穀物高騰の大きな要因である投機マネーの規制に抵抗するのも、「市場の活性」という名目で石油や穀物の大手企業を肥え太らせていることと通じる。

たとえオバマさんが大統領に選ばれたとしても、その参謀にクリントン政権時のブレーンを多数抱えることを考えると、大きな変化は望めない。それでも、今回の民主党の大統領候補の指名争いで、既成の二大政党に埋もれていた草の根の声が顕在化したことに心を動かされた。大企業からの献金や、一部の利益を代表したロビー活動に左右されないとする彼の姿勢が、旧来の政治に諦めていた人々の「変化」への期待を担う。だから、彼が候補者指名を確定させて溜飲が下がったのだ。

もう一度言う。バラック・オバマが大統領になったとしても、世界の人々が望むアメリカにはならない。相変わらず強権的な経済外交はするだろうし、利権の中で軍事的脅威が伴うこともあるだろう。国内経済を立て直せても貧富の差は縮まらないだろうし、麻薬や銃による犯罪も激減しない。それは彼の理想とは別に、そこまで急激な変化をもたらす政策を受け入れる程、社会が成熟していないからだ。

大統領選ではブッシュの負の遺産が民主党側に有利だという見方は変わっていない。当選するのがオバマでもマケインでも、現実のオレの生活に大きく影響があるとは思えない。ただ、1988年の民主党候補者指名戦の時、アフリカ系候補だったジェシー・ジャクソンのキャンペーンでオレが演奏した頃にはなかった、この国の人々の意思を感じる。

さて、牛を解禁したとして何から食せば良いものか。ハンバーグやホットドッグではしょうもないし、お好み焼き(豚玉より牛玉が好き)もピンとこない。豚肉でスキヤキを付き合わされてきた家族には申し訳ないが、解禁記念の行事の牛を何にするか考えるのが楽しいので、今しばらくお預けにしておく。


2008年6月6日(金曜日)

ブルース界伝説のレコード会社、「チェス」のレコーディング・スタジオ跡(ウイリー・ディクソンの家族が実質経営の現ブルース・ミュージアム"Blues Heaven")で、ウイリーの孫のアレックスがプロデュースのライブ・レコーディング。本人のバンドも含め、3ユニットが演奏した。

SOBの出番前のしっとりとしたアコースティック・ギターの弾き語りに、会場は空咳をすることさえ憚られる妙な緊張感が漂っていた。フロアーに立てられた臨場感を録るためのマイクが、話し声や席を立つ音さえ感知するのではないかと、人々が疑っているからだ。実際は、余程の大きな音でない限りステージ上のマイクが雑音を拾うことはなく、そうでなければ編集で何とでもなる。

名も知らぬ若い白人の演者は、ときにボトルネックをスライドさせながら、ロバート・ジョンソンやサン・ハウスのような古典に情感を交えて熱演していた。この手のブルースは語りが中心で、バンドを伴わないため音楽上の変化に乏しく、本当に好きでなければ続けられない。聴く側も同じで何セットも付き合うことはないし、わざわざクラブへ足を運ぶこともない、商業的にはマニアックな世界なのだ。それでも「生」というのは感じ入る。それほど興味がなくとも、引き込まれてしまうから不思議だ。

彼のブルースへの愛情に対して、襟を正された気分で拝聴していると、突然ピーヒャラと携帯の呼び出し音が聞こえてきた。一瞬にして場内の雁首がうごめき、無音のざわめきが伝染する。ちょうど静かな曲の上にこの音量なら、さすがにステージ上のマイクも音を拾うに違いない。そしてみんなの非難の視線が最前列へと向かった。

そこには、携帯を取り出そうとポケットへ手を突っ込み、慌てふためく我がドラマー、モーズの姿があった。


2008年6月7日(土曜日)

今年は大した活躍もないブルフェスだった。

一日中空模様が愚図ついた今日、オレにとってブルフェス唯一のステージを、「ミシシッピー・ジューク・ジョイント」で、午後6時から"Rosa's Lounge All Stars"として演る。

8時からはバディ・ガイの店でビリーらと演奏するため、一旦車をクラブ裏の有料駐車場へ突っ込み、機材だけを搬入して徒歩15分のブルフェス会場へ。気温は30度ほどで蒸し蒸しており、既に汗だくだったが、持参した衣装は二枚だけだから着替えない。

着いたら雨が降り出して往生するも、幸いにトニーが「宣伝を兼ねて店のTシャツを着てくれろ」と、ローザスの販売ブースから売り物を出してくれた。

演奏が始まると異様な客の興奮で再び汗だく。そしてまた雨。しかし今度は豪雨に近い、いや、雷まで鳴っている。警備の警官が雨宿りにオレの真後ろへ陣取った。

みんなは8時までだが7時に降りて再び徒歩でバディ・ガイの店へ。丁度オレが歩いてるときだけ雨は上がったが、ロザTはもうドロドロ。

今日はレジェンズもプチフェスで、昼から何バンドも演っていて賑わっている。ウエイトレスに食事を注文して二階の楽屋へ入るが、ウチのメンバーはまだ誰も来ていなかった。

広くて涼しい部屋で上半身裸になり、汗もひいて新しい衣装に着替え、ようやく一息ついたところで食事が運ばれて来る。ここで食べるのは初めてだが、ミュージシャン割引があることを知ってちょっぴり幸せになる。

アメリカ食としては美味しいBBQチキンサンドを楽しんでいると、壁に立てかけた自前のキーボードケースの上を何か這うのが目に入った。うっ!体長5センチほどの黒羽ゴキブリ。勝負は一瞬。長引けばまた汗をかく。床に落ちていた店のパンフで一撃を決める。

多分、楽屋とステージの温度差は10度以上あると思う。最終のマジック・スリムが始まるまで、50分を二セット納めると、さっさと後片付けをして機材を搬出。

マイセン土産を持って大阪から遊びに来ているJ&Yが褒めてくれるが、クールを装う。彼らこそ、流行のドラマから飛び出して来たようなような若いカップルで、二人の映る風景が映画の一場面のように見えてしまうのだ。

そうよね、熱い演奏をしていても、汗だくで泥臭いことをしていても、クールを装いたい。短かった今年のブルフェスの帰り道、夜空は晴れていた。


2008年6月12日(木曜日)

ロザのバカボロピアノを調律するのはオレの趣味のようなもので、本職の調律師でさえ手に余る暴れ馬を、弾き終わるセットごとにクインクインさせては、メンバーなどの顰蹙を買っている。弦を巻いているボルトでアホになっているモノがいくつもあるから、少し強く叩くと音程が直ぐに変わって(狂って)しまうのだから仕方がない。ところがその調律道具を忘れてしまっていた。

それは、自家製お好み焼き弁当を持ってウチを出たため、ズボンの4つのポケット(鍵・ライター、携帯電話、紙幣、カード入れ)を確認したら、手が塞がった状態に違和感を感じず、ロザに着いて、持っているのもが仕事道具ではなくて弁当だと気付く阿呆であった。

店内には福岡からギターと歌のLさんとピアノのLさんが来ていた。どちらもLさんなのでややこしいが、ピアノのLさんはうら若き乙女で、スタイルがオーティス・スパンそのもの。ひょっとしたらオレよりも味があるのではと思えるし、客の歓声も大きいので、これ幸いと、かなりの時間休憩させてもらった。

そしてふと気付いた。ピアノ前に座って一音一音を確かめると気になる調律も、彼女の弾く「全体」からは違和感が感じられない。観る側からすれば、聴き込まないと分からない些細なことに、オレは労力と時間を費やしているのだろうか?自己満足の調律は必要なのか??

「徒労」という言葉が浮かんでは消えた。


2008年6月14日(土曜日)

MLB・シカゴ・ホワイトソックスの球場のゲート内で、入場する観客のためにスイング・バンドのSP20'sが演奏。

気温が何度あるかは知らんが西日で暑い。ペットボトルの水が、帰る頃にはぬるま湯になっていた。


2008年6月20日(金曜日)

カナダのロンドンという所へSOBの遠征。

スケジュール表の"London"の文字を見て「英国旅行じゃ」と小躍りしたが、川向こうがカナダのデトロイトから車で一時間の距離、シカゴからでも六時間余のドライブと知って、頭(こうべ)を垂らす。