傀儡 (くぐつ) のよしなしごと 64 [ 2008年2月 ]


Rosa's Schedule in February
Photo by Ariyo

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2008年2月1日(金曜日)

昨日のつづき・・・ 

結局ローザスが閉店する午前2時の外界は白い闇に包まれていて、脆い傀儡の責任は回避できました。

その後安心して映画を見たり、本を読んだり、思わぬお休みでたっぷりの夜更かし。といってもいつものことだが、休みと仕事終わりとでは夜更かしの罪悪感が違うのだ。家計の足しにならなかった昨晩は特に。

外が明るくなった朝の8時頃、大きなブラインドを開けると、雪はまだしんしんと降り続いている。こんな光景を見ると、「ああ、今週末はどこにも出て行きたくない」と心で呟いてしまうのも情けない。日銭なのだから、仕事があるだけでもまし。ましてや昨日は自分からキャンセルを促したし、ビリーが単独で3週間のメキシコ出張中(プラスおまけのバケーション)にもかかわらず、スケジュールが寂しくならない程度に埋まっているのはありがたい。大雪警報は今日の午後6時までだったので、その頃に一度起きて雪の状態を確かめようと一旦床に就いた。

夕方目覚めて外を見ると、雪は止んでいるが、ううう・・・見事に積もっている。目測20センチ。急いで着替えると駐車場へ向かう。さすがに雪国なだけあって市の対応は早く、運転が困難になるほど道路状態が悪くなることは滅多にないが、我がアパートの青空駐車場までは面倒を見てくれない。だから、大雪の後に車で外出するのが嫌なのだ。

マイナス数℃と暖かい(!)ので、汗をかきかき雪掻き仕事。なんせ頭から並列に突っ込んでいるマキシちゃんの真後ろの、直角に渡る轍(わだち)の溝が深く、またその後ろは裏の家の裏庭から雪の壁になっていて、切り返しを何回せんならんネンってぐらいの狭い状態。おまけにタイヤは滑りまくりそうなので、その辺りを目処に足や手や雪掻き小道具(スコップやシャベル以外)を駆使して除雪・整地。長靴を買わねばと大雪の度に思うが、備えなくとも憂いなく過ごして来た無精が災いして、靴の中は雪塗れになっていった。

十分もすると、そこそこイケそうな案配に思えてきたので、まぁこんなものかと終了して二度寝。午後7時45分に起床しシャワーを浴び、朝食を頂くと再び駐車場へ。

あ痛たたた、轍がさっきより高く盛り上がっている。この裏小径沿いに駐車場が多いことを失念していた。皆さん帰宅されたご様子で、オレがせっかく平(なら)した所に雪を掻き揚げてくれている。せめてマフラーの位置より低くせねばと踵で蹴りケリ山を崩し、ようやく出動。

多分10回は切り返し、スリップしまくり、3度程立ち往生しかけて、ルリー・ベルの待つロザへと向かった。しかし、出勤後直ぐに帰宅時の駐車場状態を心配している自分が可哀想であった。


2008年2月5日(火曜日)

スイング・バンドの「スペシャル20ズ」でダウンタウンの「マティーニ・パーク」。こうやって英語をカタカナで記すと野暮ったいが、"Martini Park"は着飾った若者も集まるオシャレなナイトクラブ。土曜日にジェームス・ウイラーと演奏した"Harlem Avenue Louge"がブルースクラブ然とした古い作りだっただけに、時代を行き来しているような錯覚に陥る。

ダウンタウンに駐車スペースを探すのも面倒なので、駐車サービス係のメキシカンのおっちゃんに預ける。おっちゃんはオレがミュージシャンと知って、預かり証を渡さなかった。「えっ、半券は?」と一度は訊いてみたものの、「大丈夫だから」というおっちゃんにしつこく問うのは恥をかかせるだけだ。ははん、はん。例の手かぃ?車さえ無事なら別にいいけどね。

スポーツジムで軽く汗を流したような、さっぱりした気分で仕事を終えると、おっちゃんは訳知り顔で「アンタの車、ニッサンだったね、すぐ持ってくるよ」と言うなり通りへ跳んでいった。まもなく愛しいマキシちゃんが姿を見せ、機材をすべて積み終えたところで$10札と$5札を一枚ずつ渡す。「バレット代$12でしょ?(チップ入れるから)$1だけお釣りちょうだい」と言うと、おっちゃんはすかさず$5を突き返してきた。

同じ所で働く従業員だからさっ!と微笑んだ口元は僅かに歪んでいたが、オレには憎めない。その金が駐車場の管理会社に入ろうがおっちゃんの懐に入ろうが、マキシが無事だったことには変わりないし、どちらかというと、「おっちゃん、バレないように上手くやってね」と励ましの気持ちが強かった。

ニコニコと手を振り見送るおっちゃんがバックミラーから消えると、マキシを道路脇に停める。寒い冬場だからといって、駐車サービスが客の車のエンジンをわざわざ温めるはずもなく、それを知っていて任せるのだから複雑な行為なのだが、おっちゃんには見られたくなかった。タバコを一本吸う間に、車内は暑いくらいに暖まっていた。そしてオレはゆっくりと車を走り出させた。


2008年2月7日(木曜日)

何か今シーズンは大雪の日が多いぞ!月曜日の暖かい雨で解けかけていたのに、昨日一晩で、また20センチも積もってくれた。

夜になると空は明るくなって、道の除雪・塩撒き整備も終わっているので、ロザが店を閉めることはない。帰路に何の問題もなかった。そして我が駐車場・・・。

隣のでかいピックアップ・トラックのせいで、オレの駐車スペースの進入路がとても狭い。だから用心して、いつもとは逆から乗り入れた。何度かタイヤがスリップして、深い轍を越えられずにいると、小径の両脇から同時に入ってくる車のライトが見えた。焦るわけではないが、右前輪のみが小さな雪の丘に乗り上げたところで、ちょっと無理をしてアクセルを噴かせてしまった。その瞬間、視界の下方に広がる雪煙。あいたたた、思いっきりスリップ。それでもハンドルを右左に切りながら、前後に動ける隙間を探す。

気が付くと、オレの車を挟むように停まっていた車から、一人ずつ男が降りて近付いて来ている。後ろを押してくれるのだろうと思って窓を下ろすと、一人が「オレがやってやるから運転を替われ」とほざいた。ああぁっ?タイヤやリムを傷つけずに慎重を期して入れとんのじゃっ!「誰が替わるかっ、ボケッ!」という総合の意で「んにゃ、オレが運転する」と穏やかに宣言した。男は無言で自分の車に戻っていく。反対側に立っている別の若い男は、首を傾げて眺めているだけだった。

こうなりゃ意地でも自力で脱してやらねばならぬ。数年前に吹雪のミシガンで転落した時を除けば、運転歴に「完全立ち往生」をしたことがないという妙な自信があった。その男が振り返って冷笑を向けようとしたとき、前輪は両方とも上に乗り上がる。ほら、どうじゃっ!んんん、もう一人の男がオレの車の真後ろから移動している。ひょっとしてお前が押してくれたのか?しかし若い男は無関心な様子で自分の車に戻っていった。ちょっと待て。小径を塞いでいたオレの車が消えると、お前ら両側から来てブチ当たるやんけ。

間もなく二台は鼻を突き合わせると、一台が下がって別のアパートの雪掻きが施された駐車場に乗り入れ、もう一台はその後部に横付けした。そして二人は車から降りると、共に誰かの部屋を探し始めた。お前ら知り合いやったんか。こんな道の悪い極寒の午前3時に人を訪ねて、またなんで両側から小径に乗り入れて来てんねん?いや、そんなことはどうでもエエ。「替われ」と言われてプライドの傷付いたオレは、終わりの見えない雪と氷の駐車場に、暗く重い不吉な予感に苛まれ始めていた。


2008年2月10日(日曜日)

今シーズン、特に今年に入ってからのシカゴは、雪が多いばかりでなく気温の寒暖差も激しい。金曜日の日中に摂氏数度まで上昇して、解けはしないものの残雪がましになったと思ったのも束の間、今日はマイナス20℃近くにまで下がり、駐車場は完全な氷の岩場と化した。明晩の仕事へは、ここからどうやって抜け出す?そして帰巣するのだろうか?


2008年2月11日(月曜日)

アーティスから戻ってくると、駐車場はカンカンに凍っていた。出勤の際も車の後方の小径を渡る轍に滑りまくって何度も切り返し、ギリギリで抜け出せたのに、果たして狭い駐車スペースに乗り入れることができるのか?

線路から脱線できない電車の如く、深いところで15センチほども沈んだ轍から、緩い角度では前輪がなかなか越えられない。ようやく越えても、氷でスリップしがちな前輪駆動に力はなく、後輪が乗り上がらない。実は昼間買い物へ出掛ける時に、とうとう行き詰まって("Stuck")いたのだ。

大体、図体のでかいピックアップが隣にいるため切り返しを細かくしていたが、あと一度切り返せばというところで、前輪がタイヤに対して直角に滑って、トラックの前部とオレの車の前部が数センチのところで止まってしまった。車から降りて下を確かめると、前輪は見事に氷の上へ乗っている。ハンドルをどのように切っても、轍にハマった左後輪のせいで後ろに下がりようがなく、前はトラックの鼻先とあってはどうしようもない。

不幸中の幸いか、すぐにバンが現れると、4人の屈強な男たちが押してくれて窮地を脱した。過日の嫌なヤツとはえらい違いだ。彼らはオレを救い出すと、笑顔で頷きながら車に戻っていった。

そんな昼間の恩を無駄には出来ないと誓っていたのに、立ち往生する前から彼らが現れないかと願う程の氷壁。未明の極寒にひとり、少しでも低くなれと、雪掻きの柄でガリガリと轍を削る。その甲斐あってか、何度か失敗してようやく「入れ」られた。ああ、トラウマになる。


2008年2月14日(木曜日)

今月に入ってスピーカーは壊れるわ、鍵盤のキーがひとつバカになるわ、雪は多いわ、今週2回目の駐車場立ち往生の憂き目に遭うわで、人生は萎縮気分。

ローザスのトニーに氷壁轍の駐車場"Stuck"話をして、今シーズンの記録的な降雪に二人して嘆いた。一軒家に住むトニーは、玄関辺りの除雪の仕事が増えて大変だと言う。

「歩道から玄関まで、ちゃんと雪掻きしてないと配達しません」と、郵便屋さんからのメモが入っていたので、彼は気を入れて綺麗にした。ところが気温は急激に上がって、そこら中が雪解けで水浸しになり、その夜には再び数十℃下がって一挙に氷の世界と化してしまった。明くる朝に来た郵便屋さんは、それに滑って激高したのだろう。玄関へ続く氷の階段の下に置かれたメモには、「氷が取り除かれるまでは、配達しません」と書かれていたらしい。労働条件改善のためのプチ・ストライキ・・・。

この冬は、どこの家でも塩の購入量が増えているに違いない。


2008年2月18日(月曜日)

アーティスで新メンバーのダンに「ミニ・マックがクラッシュして往生している」と言うと、彼は気の毒そうな顔をした。その横から、バディ・ガイのキーボードのマーティが「えっ!?アリヨ、事故ったの?大丈夫?」と訳の分からない反応をした。ダンが「クラッシュ("Crash")って、コンピューター用語で故障って意味だよ」と笑う。「でも、アリヨはミニバンっていったじゃない」。

ええなぁ、マーティの天然。「パソコンなんて分からないし持たない俺は、そんな悩みなんてないもんね」とうそぶく、30歳過ぎにもかかわらずアナログな彼を見ていると、どこか安心してしまう。


2008年2月21日(木曜日)

ミニ・マックがおかしくなって、マック専門の修理屋に出しておいたのを取りにいく。結局マウスが壊れていただけだったのだが、$200請求されてオレがおかしくなってしまった。


2008年2月28日(木曜日)

歯の定期クリーニングと、悪いところに詰め物とカバーをしてもらって$430・・・痛ッ。

"Life Time"(生涯)保証のひげ剃りのコマーシャル。「今なら$19.59で、もうひとつお付け致します」。ふたつも要らんやろ!


2008年2月29日(金曜日)

夕方の4時から、Sherri Riley のプロモーション用ビデオ撮影の仕事。元シュガー・ブルーのギター、ハーブ・ウォーカーと数年振りの再会。

最近生活が不規則で、今日など睡眠時間2時間で早出したため、撮影中も身体がダルくて仕方がない。じっとしていても時おり揺れる気分に襲われ、笑顔が不自然だったに違いない。でもオレの位置は端だし、主役でもないので、ミスのない演奏だけを心掛ける。収録後直ぐにSOBの待つレジェンズに移動。

今週はシェリのコンテンポラリーな音源を覚えるのに時間を割かれ、懸念だったラテンの曲も録れたので、ホッとしたのか終わってみれば身体がしゃきっとしていた。気分が良いので演奏の前に、12日からのフランスツアーを楽しみにしているダン新メンバーをからかう。

「ダン君、フランス初めてだったよね?もうビザは取れたの?」
「えっ!?ビザ必要なんですか?」
「うふっ、知らなかったんだ。オレたちは何度も行ってるから持ってるけど」
「わっ、どうしよう、マネージャーは何も言ってくれなかったから・・・」

もちろんフランス短期滞在にビザは必要ない。そこへ(オレにとって)運の悪いことに、現場には殆ど顔を出さないM女史が現れた。ダンの苦情を耳にした彼女はオレを呼び寄せると、「アンタね、そんな子供みたいな冗談言ってると、ニックみたいに思われるよ」と呵る。何でも真に受ける純情な新メンバーをからかう回数は、確かにニックが一番多いが、ダンがどこまで本気で「ノッている」かは分からない。

去年のスイスツアーで「初めての海外旅行」に緊張する彼は、「ヨーロッパ便はね、機内に搭乗する時は靴を脱がないといけないんだよ」と言うオレに一瞬怪訝な表情を浮かべるが、「日本便が始めたんだけど好評でね。ほら、日本人って家に上がるときは靴を脱ぐでしょ」と説明すると、「えっ!?ホントですか?」と何度も問い始めた。あの訊き方は、オレの冗談に分かってノッている。

現地では革ジャケットの内ポケットの綻びを指し、「みんなの注目する外タレSOBの一員が、貧乏臭いところを見せちゃ笑われるよ」と言うと、脱着可能だったのか、寒いのに早速ライナーを外していた。

ことによるとダン君は、天然のボケを演じる「笑い」が分かる奴なのかも知れない。