傀儡 (くぐつ) のよしなしごと 12 [ 2003年10月 ]


Lake Shore Drive
Photo by GUSTAVO, All rights Reserved.

top


2003年10月1日

だいたい、何で人が食べるのを見ながら演奏せんならんの。こういう時に限って時間がなく腹に何も入れられなかったりするんよな。腹が満ちてる時は満ちてる時で「バンドさんもどーぞ」ってゆわれるし、それはしゃーない。うん、それはしゃーない。それ何?あっ、大きなエビ!シュリンプ・カクテルっちゅうやつですか?そんなに赤いタレつけんでエエんちゃいます?ホラホラ口の周りに垂れてまっせ。

しかし普通、主催者が気ぃ遣(つこ)て「バンドさんもどーぞ」とかあるでしょっ!そやそや、そういう気の利いたパーティの時はオレの腹は一杯になってるはずやったんやな、今日はガマン我慢。へっ、オレのソロ?ああ・・・右手の力は温存したいからこんなもんで如何でしょうか?ふぅう、手首は大丈夫みたい。ちょっと気張ってみてこれではどうやっ。へへへ・・・全然痛くなかった。一昨日の夜は焦ったけど、昨日の養生が効いてるわ。薬局で薬と、手首保護の固いもん入ったサポーターみたいなん手に入れたからもう大丈夫。これ着けてたらさすがにメンバーは心配してくれた。機材運びも手伝ってくれたし、治っても着けといたろか・・・うっ、アカンアカン。しかし大仰なもんやでこの右手首。サイボーグに変身したみたい、って歳なんぼやねん、オレは!

しっかし盛り上がらんなぁ今日は。いやいや、パーティって大概こっちの演奏気にしませんやん。それでも何人かは前の方で拍手ぐらいするのに、こんな仰山人おって誰もこっち向いてへん。あっおばさま、写真ですか?ニコニコ・・・なんやオレちゃうんか。おばハン、演奏中に何大将に話し掛けとんねん?えっ、音が大きい?アホか!こっちゃ一時間も前からサウンドチェックして、音が大きくならんように工夫しとんのじゃ。何?もっと音を下げろ?話ができん?しとるやないか!あっ、はいはい、主催者様の言い付けでしたら何なりと。

オッサンの持ってる皿にあるのはなんじゃ?串カツみたいに見えるが・・・えっ、串焼き?なんでもエエわい、オレにも持って来い!あっ音響屋さん、ヘッヘッヘッ、そのお皿は何ですか?へっ、ワガが喰うんか!2皿持ってるからてっきり・・・って、演奏しながら喰えへんし、そやわなぁ・・・っって、オレらの演奏中に仕事仲間が喰うなぁ!オレらがスーツ着とんのになんでTシャツやねん・・・って、いつの間に着替えたんじゃぁ。しかし中ぅー途半端な煮染めた黒シャツやなぁ。えっ、もう喰うたん?早ー。あっ、またソロですか?へっへっへっ、どうせ客は誰も聴いてないでしょ?そんならいつもと違ってこんな洒落たソロは如何ですかぃ、ダンナ。ほら、こんなのに、こんなの。こんなのはどうです?それから・・・こらっ、まだ続いとんじゃオレのソロ。あっ、ババァに言われ音下げ過ぎて、メンバーにも聴こえんらしい。だいたいあんな遠くで喋ってるオッサンらの話の内容が分かるもんなぁ。ほへっ、もう最後の曲?いやいや、盛り上がって手首を悪化させることもなく、$$$も貰えてまだ8時じゃないですか、ありがたいことでございます。サッ、帰ろ帰ろ。スイマセン、駐車場の車廻してきますんで、機材見といてもらえますっ?

しっかしオレの夏はどこへ行ったんじゃ!もうスーツに皮のコートやないかぇ。すっかり冬やないか。おれはここ2年は夏を知らんなぁ。シカゴにいたら、もうそろそろ夏ですわ、っちゅう頃がずっと続いたと思(おも)たら秋で、次の瞬間冬やねんなぁ、これが・・・。駐車場遠いなぁ。ふうふう・・・やっぱりハイアット・リージェンシーはええホテルやし絨毯もりっぱそうやなぁ。おっ、こんなときは気ィ付けんと静電気が身体に溜まる。革靴の底をすりすりしても溜まるし、暖房してる室内の空気も乾燥して危ない。やっと駐車場か・・・って係員はどこじゃ!オレの車はどこじゃぁ!ふぁっ!係員がいないときはこの電話で呼び出してくれ?ちぇっ、あっすみません、西棟の駐車場ですけどチェックアウトしたいんですが・・・はぁっ、駐車券番号?ええっと・・・はいっ、そうです、現金で・・・えっ、$22?あの、たった3時間半しか停めてないんですけど・・・はい、ああ、分かりました、待ってます。

3時間半で$22ってボリよんなぁ、ハイアット。しかも、誰かが車持ってくるみたいやしチップ渡さんと。まっエエか、ここは街中やし高いのはしゃーない。それに今日は$$$ももーたし。それに何より、うふふふ・・・右手首様が復活の兆し。しかし遅いなぁ。何しとんねん。直ぐ車出せんとホテルの駐車場に入れた意味ないやろっ!あっ、来た来た。ありがとうねっ、これ$22と少ないけどチップ、はいっ。おお、礼儀正しいやないの、さすがハイアット。えっ、これナンボ程君の足長いの?もうぅ、座席位置前にせんと足が届かん、もうぅ、カッコ悪うー。

(運転席の位置を前に修正するため、座席の下部に伸ばした右手がノブの金属部分に触れた。その瞬間、身体に溜まっていた静電気が指の先から一斉に放出され、反射的に右手を音速で引っ込めてしまった)

ぐぉおおお、右手首がぁあああ・・・・・・


2003年10月8日

ふふふ・・・何年か振りの大型連休を楽しんでいる

先週の腱鞘炎騒動は、結局水曜からの4連ちゃんの3日目にダウン。全てのバンドに対して公傷宣言(といっても補償はない)をし、12日までの9日間を休むことにした。

オレもやはり心底からのミュージシャンだったのだろう、ホテルの軽いパーティ仕事の翌日のロザで、フロントマンに煽られて調子に乗り鍵盤を叩いてしまい、挙げ句に立ち弾きまでしていた。帰宅後アイシングをして薬を塗り、手首をサポーターで固定して寝たが、一晩経っても右手首は熱を帯び腫れている。用心してギリギリまで動かさず夜の仕事に備えた。

1セット目は%80程の力で、2セット目は%70程でと、次第に動きが鈍くなり、3セット目はとうとうソロどころか、痛みでコードを当てるのが精一杯になってしまっていた。ビリーやメンバーの心配を払拭させようと気丈に振る舞っていたものの、その夜は痛みで眠れず、昼になるのを待ってビリーや仕事関係の所に連絡をする。

当初はだましだまし演奏を続けるつもりでいたが、腱鞘炎は動かさずにじっとしているのが一番の対処法。先週の中途半端な処置が症状を悪化させたと反省をし、思い切って一週間以上を休むことにした。休止期間は今週の5連ちゃんの最終日を様子見に取ったまでで、完全に復帰出来るかどうかは分からない。

さて一旦休みを取ってしまうと、これはどうしようもないことなので休日を楽しむしかない。周りの心配をよそに、本人はそれほど焦っていないようだ。我慢して右手を使わないのが今の自分の唯一の仕事と気持ちを切り替えた。目覚める度に手首は良くなっているに違いない。昨日からお箸を使えるようになったし、今朝は右手で歯も磨けた。

闘病日記は性に合わない。何よりもMac.を操作するのが良くなさそうなので、来週の月曜日に復帰するまではもうしばらく休日を楽しみます。

ただ、録音予定日だった9/28の前々日から失踪しているカルロスだけが気掛かり・・・。


2003年10月13日

"Rosa's Lounge"のドアマンのガスが、自分のHPにここをリンクしてくれた。
ロザのアットホームな雰囲気が伝わる。

http://www.chicagobluesfoundation.com/index.htm


2003年10月15日

街はひっそりと静まっていた

シカゴカブスが58年振りにワールドシリーズに 
そして 95年振りにワールドチャンピョンになれるかも知れない

街は都会の気配がない

たかが野球 されど野球
地元での最後の二日間に
最高の昂揚と落胆を繰り返し
全てのエネルギーを使い果たし
人々の放心はそのまま街に色付いた

地元のアナウンサーは 世界が終わったわけじゃないと
世界が終わった場面を静かに語った

これも一つの感動に違いない
失望しても尚 興奮の残滓が泡を紡ぐ

シカゴの住人でいる感慨を
街の哀しみに同化させていた


2003年10月20日

いやぁ 何でもポイポイ捨てられる

分別収集?こっちはアパート裏の大型のゴミ箱へまとめてポイ。映画なんかでよく見かけるでしょ?大きな鉄の箱の中に犯人が上から落っこちるシーン。あの中へ直接なんでもポイってもんですよ。要らないベット、ソファーを始め、壊れたテレビ、コンピューターなんかもどかーんと・・・まぁゴミ箱にも限度がありますから、溢れたもの、入らないものは側に置いておくだけでいいんですがね。

たまにどこかで思い付いたように分別収集を試行するらしいんですが、続く訳ないでしょ、この国の人達は。CO2削減のお約束も、大統領が変われば反故にできるんですからね。大して環境は悪くなってないし、悪くなってもこの国だけは大丈夫って言えば、普通の人は罰則がない限り面倒なことしたくないでしょ?見える範囲では環境は悪くないですもんね、土地が広過ぎますもん、ここ。

たまに目つきの怪しい、身なりも怪しい人がトラックを乗り付けて、置いてある物を物色しているのを夜中に見掛けますが、あれがここでは精一杯のリサイクルなんでしょう。

企業は物を作りっぱなし、消費者は捨てっぱなし。いやー楽でいいですなぁー。

でも先々週、ゴミ収集業者の方々がストを起こしましてね。賃金闘争だけではなく、無分別な大型ゴミを何とかして欲しいとおっしゃっていたんですよ。そりゃそうでしょ、鉄の箱は収集車のお尻に付いたチェーンに引っ掛ければ、自動的にブーンって引き上げてゴミはごろっと落っこちますが、ベットや家具なんかは手作業ですからね。今頃そんなこと言うのかって感じですよ。とにかくその週末は、シカゴ中がゴミ臭くて大変でしたわ。夏場なら害虫やなんかで衛生上も問題が大きくなるってニュースでは言ってましたが、あくまでも地球上の事ではなく、一地域の問題としてしか考えてないってとこです。気が付けば次の週には綺麗になってました、ハイ。

ところが最近、ウチの部屋の向いの新しい住人カップルが横着しよるんですわ。夜に生ゴミを裏へ持っていくのが面倒だと、ドアの前にちょこんとゴミ袋を置いているんです。匂うんですよ、廊下が。しょっちゅうではないので直言は避けているんですが、それ以外に置いているのが何故か靴。いえいえ、何故かは分かります。足が臭いのでしょう。

「あんたの足臭いからなんとかしなさいよ」
「足は毎日洗ってるだろう、靴はそういう訳にはいかないからしょうがねぇじゃねぇかっ」
「じゃ、廊下に置いときなさいよ、部屋が靴の臭さで堪らないのよ」
「ったくお前は神経質なんだから、盗られたらどーするよ」
「あんたバカじゃない?誰があんな臭い靴を持ってくのよっ!」

そんな会話があったに違いありません。でワタシは、かの靴にゴキブリの屍骸でも入れておこうかと密かに思案しているのですが、収集業者様の奮闘で屍骸どころか、生きたゴキブリさえ見つけられずに困っております。


2003年10月22日

先週末からの連ちゃんも 右手首は無事に乗り切ったようだった

昨日は生まれて初めて"House of Blues"で仕事。といっても有名ツアーバンドの演奏するステージではなく、階下のレストランで。それでも詰めれば数百人は入れそうな広さ。伝統的シカゴスタイルのバンドだったので、久しぶりにコアなブルースを楽しんだ。

木曜日から日替わりで別バンド。毎日に変化があって大変よろしい。SOBのようにしっかりと練習したバンドも良いが、たまには違った人と違った曲もよろしい。予定ではこの10日間に六つのユニットで演奏する。

そして今週唯一の休みとなった今日、日本から遊びに来ていた知り合いの観光案内をした。北の郊外の湖の見渡せる高台を皮切りに、ヨーロッパ風の海岸、高級住宅地、レイクショアーをドライブしてチャイナタウンで食事。ダウンタウンの夜景を満喫してもらった後は、お決まりのブルースクラブツアー、キングストン・マインズ、ブルース、ロザズラウンジのはしご。

お客さんを連れてクラブを案内するのは何とも気分の良いものだ。入場無料(含客)、飲み物割り引き(オレの常飲料のコーラはタダ)、チップを弾みバーテンから喜ばれ、知り合いのバンドを観聴し、知り合いのミュージシャンから声を掛けられ、見知らぬ客から声を掛けられ、ドアマンと歓談し、最後にお客さんから喜ばれる。シカゴではオレのような下っ端でさえ、ミュージシャンと認められればそんな待遇を享受できるのだ。

毎日のようにクラブを徘徊しているミュージシャン達は、当たり前のように思っているかも知れない。でもオレはいつも、この異邦人をミュージシャンとして認知し、皆と同じように扱ってくれる人々に感謝しているのだ。

だから演奏している時よりも休みにクラブへ顔を出した時の方が、自分はミュージシャンとしてここで「生活」していると感じてしまう。


2003年10月24日

昨日のオープンジャムのホストに続きロザで演奏。"Rob Stone & the C NOTES" という、トラディッショナルからジャンプブルースまでのナンバーを中心としたバンドのお手伝い。ロザの生ピアノは鍵盤が重く、叩き続けていると指だけでなく腕も疲れてしまう。帰る頃には指先が膨らん(だ気がして)でカエルのそれとなり、下腕部がパンパンに張ってしまっていた。

SOBのマネージャーからゾラ・ヤングの仕事の打診があったのは、"C NOTES"の仕事を引き受けてしまった後だった。依頼日が重なるのは辛いが、レギュラーのSOB以外は先に引き受けた方を優先するので残念。そんなことしょっちゅうなので、ひと月まるまま休みなく埋まることはない。逆に埋まってしまったら、生来が怠け者のこちらが困る。明日は北西の郊外でシャロン・ルイスとご一緒。

ところで、過日取材の「共同通信記事」配信の連絡がカメラマンのKさんからあった。聞き上手の穏やかな笑顔が思い出される。記者のFさんは定評のある筆致で著書も多く、掲載を期待している。「酒場を震わす黒人の叫び」の見出しで加盟新聞社へは既に出稿され、29日以降に使用可能とのこと。でも三大新聞は扱わないでしょうけど。

朗報一つ 

失踪中のカルロス・ジョンソン出現。残りの作業を急がねば・・・。


2003年10月28日

10月30日の午後10時30分(日本時間10月31日昼1時半)過ぎより、キングストン・マインズでオレがお手伝いする、"Rob Stone & THE C NOTES"のライブが生中継されます。

http://www.kingstonmines.com/flash/main.html
http://www.BluesExplosion.com/
で聴けます(ストリーミング)。


2003年10月30日

日中の最高気温は20℃を上回っていた。夜になっても暖かく、機材を運んでいたら大汗を掻いてしまい、せっかくのスーツが裏目に出て気持ちが悪い。

キングストン・マインズのインターネット・ライブ中継は大過なく終わる。10:30PMからの1セットのみの収録だが、その後も12:30AM〜、2:30AM〜の各一時間は普段通りの演奏が繰り広げられる。

今晩お手伝いした "the C NOTES" は、昨年末初来日を果たした "Jody Williams" のサポートメンバーが主体で、"Old School" と呼ばれる古いタイプのブルースが中心のバンド。ブルースに興味のない人にとっては一見(聴)同じ曲に思えるようなナンバーが続く。あっ、こんな曲もあった、この曲も懐かしいと、ブルースの幅広さを認識させてくれる教則本的な人達だ。但し本当の教則本的レコード(CD)には、バンドに有効なピアノソロなんか入ってはいない。

3コーラスも4コーラスもソロを執らしてもらえるのは光栄だが、同じリズムとテンポ、同じキーの曲があまりにも多いので気が抜けない。というのも、曲ごとに違ったアプローチの違ったフレーズを奏でるように心掛けるが、3コードの限られた世界では、ネタは尽きてしまうもの。リズムアタックやリフレインを駆使して、ご同業が聴いても、全て違ったソロを弾いたと強弁できるが自分に嘘は付けない。何とか自分をも誤魔化せるよう腐心して捻り出す。そういった現場での集中力と、思い浮かんだら弾いてしまう思い切りが、時に新しいフレーズやリズムフェイク、「重箱の隅」的ソロを開拓するのだ。

但し日常生活の中でも常にアンテナを張り、頭のどこかで音楽が鳴っていなければ、突然変異の如く新しいものは生まれない。24時間ミュージシャンの姿勢でいることが肝要である。

別に、好きな音楽や知らねばならない曲を四六時中聴き込む必要はない。ジャンルを問わず、テレビや街中に溢れている音楽からも得るものはある。頭の中の音楽は垂れ流されている残音にしか過ぎないが、いざ何か曲を、フレーズをといった時、どこかに意外な抽き出しがあり、意外な物が収まっていることだってあるのだ。オレなど寝床で眠れなくなるほど、耳鳴りの様にいつも音が頭の中で回っている。それは様々なフレーズ、リズム、音色であり、「宝のお山」であるに違いない。しかし残念なことにオレは、それらを表(具)現したり、商業的に成功させる頭や技術を持ち合わせていない。

素晴らしいアイデアや物語りの構想を持ちながら、文章など表現技術を持っていない人は、ただの「夢想家」「空想家」呼ばわりされるだろう。オレは「音想家」ではないと思いたいが、今晩の演奏で思わぬ自己欠陥(矛盾)に行き当たってしまった。

キングストン・マインズではかの腐心から、新しいかっこいいフレーズやソロの味をかなり捻り出すことができたはずなのに、今はそれらをほとんど覚えていないのだ。それも1セット目なら、主催者側に音源をねだることも出来ようが、記憶にあるのは2.3.セット目で底力が出たことだけ。

先に付言することを忘れたが、思い付きはその場限りで忘れるから、フレーズ等は繰り返さねば覚えない。ということは・・・同じソロを採らないオレは繰り返すことが出来ない。ってことは、捻り出したものはその場限りの思い付きで、決して覚えられない。ううう・・・「音想家」と呼ばないで。

今晩の演奏の証は、腱鞘炎後の弾き方が悪いのか、「テニス肘」のように肘が痛くなったことだけである。


2003年10月31日

ニューオリンズの最優秀ギタリスト、山岸潤史さんから電話。

「アリヨ? ワシや どない?」で始まり、互いの近況報告といつものバカ話で3時間があっという間である。

「ホンマかいなぁ、それエゲツないなぁ」
「ほんでね・・・なんですよぉ」
「ばハハ・・・笑かっしょんなぁ、ワシもな・・・」
「ハハハ・・・それもタイガイですやん」

日本にいた頃から、先ずは互いのネタ物で対決する。

「ワシこないだなっ・・・で・・・やってん」
「またオーストラリアですか?どなたと?」
「マイルスとこにおった◯◯にオールマンで・・・の◇◇めちゃ良かったでぇ」
「オレ去年4回あった海外、今年はゼロですよ」
「ホンマかいな、それ痛いなぁ。ワシ先週南米から帰ってきたとこやネン」

やっぱり追い付けない。飛行機のマイレージも溜ってることだろうが聞き忘れた。オレはビジネスクラスにアップグレード出来る程度は持っているが・・・利用する機会がない・・・。

「・・・△△がなっ・・・で・・・やってん」
「やっぱりニューオリンズは有名ミュージシャン仰山いますね」
「シカゴの方が多いやろ?」
「多いやろけどほとんどゴスペル・ジャズ界からですわ。細ぉい線でストーンズのベースがウチのべーズに電話してくる程度。オレに仕事来るほどの線はまだ・・・」
「ブルース関係はどない?」
「ジェームス・コットンから・・・やったんやけど・・・で」
「あるわなぁ、辛いとこやそれ。でもな、昔ケブ・モーがな・・・」
「えっ?ケブ・モーと知り合い?」
「おう、デビュー前からよー知っとんで、ほんでな・・・」
「それもすごいなぁ」

ビッグネームは続く・・・。

「明日もな、N.Y.のB.B.の店で・・・」
「それはどなたと?」
「ワシ個人で呼ばれたセッションでミーターズの☆☆とどこそこの◇◇と□□」
「グー・・・ジュンの名前が歩き始めてんなぁ・・・」

もう聞き役に回るしかない・・・。

「山ギッさん相変わらず忙しそうですね?」
「いや、最近はそーでもないけど、フェスティバル多いから」
「またオレと違(ちご)て単価高いからエエやん」
「お陰さんでなっ、ヘッヘッヘッ・・・アリヨ今いくら貰(もう)てんの?」
「週末は$$$ですけど普通は・・・で・・・は$$$ですわ」
「まぁなぁ、ウイークデーはどこもそんなもんやで、しかし月20本はすごいなぁ」
「平均したら今はちょっと切りますけど、それぐらいなかったら喰えませんもん。早(は)よ単価上げて回数減らしたい・・・」

必ず金の話になるのは、ミュージシャンのステイタスにも通じるので仕方がない。オッサンの仕事の質に対抗するには回数しかないのも頼りない。第一、仕事の多寡よりも質の方が大事に決まっている。ホントに対抗するには40〜50本入れないと気が済まない。そう考えると馬鹿らしくなり、そのままふて寝した。

夕方目が覚めてふと気になり出した。

山岸さんが最後に、

「今日のハロウィン用に何も持ってないねん。ステージでしょうもないカッコすんのも嫌やし・・・」

と言うので、今年は、シカゴ・カブスのワールドシリーズ進出を阻んだと恨まれている、Sさんの身なりが流行りそうだと教えてあげた。

野球音痴の彼に、MLBナショナルリーグの優勝を決める試合(7試合制カブスの3勝2敗)で、カブスが3対0とリードしていた8回の表のフロリダ・マーリンズの攻撃、残り5つのアウトでカブスが58年振りのワールドシリーズ進出という状況を簡単に説明。

グラウンドと観客席の間に飛んだファールフライは、レフトのアルーがジャンプをして差し出したグラブの上に伸びてきたファンの手に当り、ボールはポロリと下に落ちてしまった。アルーはインターフェアー(守備妨害)を主張したが、審判は、ボールは観客席側に落ちてきたとしてそのままファールとなる。その後緊張感の切れたカブスのまずい守備もあって、その回一挙に7点も入れられ負けてしまった。翌日も感動的な試合展開になったものの負けて、シカゴ・カブスは結局ワールドシリーズに出られなかった。

そこで連日連夜新聞、テレビ等、全国区でファールフライのシーンが報道され、ヤギや黒猫(詳しくはネットなどで調べてください)の呪いだと騒がれる。サンタイムスはカブス進出を阻んだ元凶と、飛球に手を出したSさんの住所や名前を公表し、彼は勝ったフロリダから亡命の誘いまで受けるほど、アメリカでは有名な人になってしまった。生っ粋のシカゴファンだったのに、もう一生リグリー・フィールドへ護衛なしには応援に行けない。

ゲラゲラ笑いながら聞いていた山岸さんは、ネット上でも流されまくっているSさんの、有名だが簡単な格好(カブスの帽子、ウォークマンのステレオフォン、紺色のトレーナー)を教えると喜んで、

「おっ、それエエな!ワシ今から買いに行ってくるわ、ありがとう、ほなな」

と電話を切ってしまった。

何か伝え忘れたのではないかと、メールされてきていたSさんの写真(何でまだ持ってるネン!)を確認すると、平凡な顔を特徴付けるように眼鏡を掛けている。山岸さんに知らせるには遅すぎるので残念だが仕方がない。ただハロウィンで仮装した人が街に溢れた今晩、騒ぎの本拠地であるシカゴでSさんの格好をしていた人を、オレは一人しか見掛けなかった。