Arthur Williams

(2001年4月24日記)


Chicago Blues Festival, 1994


クラブに着いて時計を見ると、時間はまだ9:20 PMでした。ぼくが、9:30 PM以前に誰かを見るためにクラブへ足を運ぶことは、かなり珍しい事なのです。それも別に当ても無くほっつき歩く時などは尚更です。
しかし、たまには直感とでも言うのでしょうか、何となく惹きつけられる人がいて、別に思い入れがある訳でも無く、ただ「行って見ようかな?」と、フラ〜っと一人で出かける事もあります。そんな時は人種や年齢、キャリア、知名度などには全くこだわりません。
長年シカゴに住んでいて「昔は、これこれで、誰々とプレイしていて何々、云々...」と言う話をよく耳にする事がありますが、結構いい加減で人騒がせな話も多いものです(笑)。分かり易いので言えば「何々Jr.」とか「リトル何々」とかの二つ名さんですね。いろいろ有ります(笑)。
プレイヤーとして活動して行く上ではキャリアは履歴書です。高卒より大卒の方が優遇されるのは当たり前です。また、プレイヤーを人種やキャリアで判断や区別することも仕方が無い事とは思いますが、ぼくはなるべく先入観なしでいたいと思っています。楽しみにしている映画を観る直前に、筋書きを聞きたい人は誰もいないでしょうから(笑)。

そんな直感を頼りに足を向けたのが「ROSA's」で今夜演奏する、ハモニカ吹きのアーサー・ウィリアムさん(注1)のライブでした。ぼくは、新聞でアーサーさんの名前を見付けるまで、彼の名前や噂すらも今まで一度も聞いた事がありませんでした。新聞では「KING OF DELTA BLUES」と取り上げていましたが、経験から言うとだいたいこう言う大見出しからして予想を裏切られる事がよくあります(笑)。
しかし、今回はその正反対で、今まで彼のような生粋のブルース・ハモニカ・プレイヤーの存在を知らなかった自分が恥ずかしく思えた位でした。ここ5年間を思い返してもこれ程、真剣に演奏に聴き入ったのも久しぶりです。例えて言うならルーレットの一点張りに賭けて大儲けをした、そんな想いでした(笑)。

9:30 PMからの演奏予定でしたが、始まったのは、もうすぐ10 PMになろうかという頃でした。照明の暗い見慣れたステージの真中には客用のパイプ椅子。その隣に薄汚いミルク・カートン。恐らくハモニカを置くテーブルの代わりでしょう。ハモニカ用マイクとして有名なシュアーのグリーン・バレットは無造作にステージの床の上に転がされています。そして、アンプは真新しい現行のピービーのクラッシック30でした。

バンドは、ウォーム・アップに「セントルイス・ブルース」と「タフ・イナフ」を演奏しました。リード・ギターリストのMCで、彼らはセントルイス(ミズーリ州)出身の5ピース・バンドと言う事を知りました(ぼくはてっきりミシシッピーと思っていましたが...)。リード・ギター兼MC & Voのラリーさんは、黒のストラトに60年代初期のフェンダー・スーパー・リバーブ。エレキ・ピアノにボブさん。大柄でレスラーのような人でした。彼のプレイを聴いているとルイジアナのヘンリー・グレイさんのピアノ・スタイルを思い浮かべてしまいました。ドラムにはキング・ロビンソンさん。ベース・ギターにチャールズ・デイビスさんで、このリズム・セクションだけを聴いていると、現代的なテクニックとグルーブでよくあるトップ40かR&Bバンドのようです。音も大きくタイムも突っ込み加減で、ここまではどこにでもいるブルース・バンドと言う印象しかありません。実際ぼくは、3曲目にアーサーさんがステージのパイプ椅子に腰掛けた頃には、もう背中を向けて帰り支度を始めているところでした。

しかし、3曲目から現れたアーサー・ウィリアムさんは、バンドの連中とは打って変わって、焦げ茶の山高帽に寅さんが着るような派手な柄のジャケットを着て登場しました。左手にはハモニカを5、6個入れたクラウン・ロイヤルを買うと付いて来る紫色の金刺繍入り巾着袋を手に提げて、人の良さそうな顔に笑顔を浮かべてステージの真中の椅子に腰掛けています。まぁ、1曲だけ聴いて帰ろうと思っていると、アーサーさんはそんなぼくの気持ちを知っていたかのように、何の前ぶれも無しに容赦無くリトル・ウォルターのインスト曲の名曲「ロッカー」のイントロを大音量で吹き始めました。ぼくは、一瞬「エッ!」っと思いました。10年以上もシカゴに住んでいますが、生まれて初めてライブでこの曲を演奏出来るハモニカ・プレイヤーが存在する事を知りました。完全コピーと言うのでは無いのですが、その音、トーン、タイムが紛れも無くあの音でした。もうレコードでしか聴けないと諦めていながら、いつもぼくのどこからか聴こえて来るあの音でした。驚きました。生まれて初めてリトル・ウォルターのトレモロをプレイ出来る人を目の前で見ました。これがあのデイブ・マイヤーズさんの言っていたトレモロだったのです...。

彼の演奏する曲は、ほとんどが強烈なシャッフルで、全体を通して聴いてもスロー・テンポやスロー・ブルースは曲目には無いようでした。「この手のリズム・セクションをバックに演奏するのは、この人にはどうかな?」と思いながら観ていましたが、アーサーさん本人は全く意に介さない様子でした、逆にバンドがアーサーさんに引き摺られているような格好で、強烈に突き進むアーサーさんのハモニカに翻弄されているような場面さえありました。高齢のアーサーさんでしたが、彼のハモニカ・サウンドは、ぼくには到底及びもつかない逞しささえ感じました。
 彼のハモニカ・スタイルは、最初から最後までセカンド・ポジション一本槍。いろいろなポジションを使い分けたり、些細なテクニックなどには全く見向きもせず、時には強引とも言えるぐらい音を引き摺る。空間を引き摺るとでも言うのでしょうか?とにかく、痛快なハモニカ・サウンドです。例えばパパ・ライトフット、リトル・ウォルター、ペグレグ・サムなどのように...。

「初めまして、アーサーさん。あなたのハモニカに大変感激しました。今夜はホントにいい勉強になりました。ところで、どうやってあのトレモロを身に付けたのですか?」
「俺は13の頃からハモニカを吹いてるんだ。ハイ・スクール当時にはリトル・ウォルターや多くのハモニカ吹きが近所に住んでいたんだ。それで彼らから教えて貰ったのさ(笑)。しかし、良く分かったな(笑)」
「デイブ・マイヤーズさんに、良く聞かされました。そのトレモロの話を。しかし、ぼくはまだ練習が足りないので、あなたのようには行きませんがね(笑)」
「それより、お前日本人だろ?分かるんだ(笑)、俺は3ヶ月位前に日本でプレイしたんだぜ。俺のバックはテキサスのオースティンにあるアントンズのハウス・バンドだったよ」

この後、世間話が延々と続いたのですが、話の中でアーサーさんは今回シカゴで演奏するのは、実は2回目と言う事でした、一回目が1993年のシカゴ・ブルース・フェスで、今回が2回目と言う事です。実に8年振りのシカゴ・バウンドです(笑)。現在はセントルイスをベースに活動していて、アメリカ国内のフェスティバルやヨーロピアン・ツアーもこなすそうです。しかし、この手のハモニカ・プレイヤーの事を考えると、現在のシカゴの状況は良いとは言えませんが、どうかいつまでも変わらずこの調子で突き進んで貰いたいものです。


江戸川スリムのお節介注釈

(注1) Arthur Williams

1937年7月8日、ミシシッピー州トゥニカ生まれ。2歳の頃には、シカゴに一家揃って引っ越す。彼の父親や、ラジオから流れるサニー・ボーイやリトル・ウォルターのサウンドを聴き、独学でハーモニカをマスターした。50年代の中頃には、エディ・テイラーやエルモア・ジェイムスとプレイしていたこともあるという。
1958年に、再びミシシッピーへと戻った彼は、地元での生活とギグを楽しんでいたらしい。
1961年に、フランク・フロストらジェリー・ロール・キングスの面々と出会い、2年間の陸軍での生活をデトロイトで過ごした後、1966年にフロストのジュエル・セッションに参加。この時の演奏は、今日でも高い評価を得ている。しかし、この時彼は一銭のギャラも貰わなかったそうで、結局プランテーションでトラクターを運転する生活へと戻っていったという。
ところが、そこの経営者と喧嘩をし、1972年にセントルイスへ移住。そこで様々な仕事を点々とする傍ら、ドク・テリーやブーブー・ディヴィスなどとのギグを行っていた。
約20年間その様な生活を続けていたが、1991年に発表された、ビッグ・バッド・スミッティーのアルバムのハーピストに抜擢され、実に25年振りにセントルイス以外の場所でも彼が注目されるようになった。
私は、1993年のシカゴ・ブルース・フェスティバルで彼の名前を見つけたときは、本当に驚いた。スミッティーのアルバムがまだ日本に入ってきていない頃だったので、よもや彼がハープを吹いているとは思ってもいなかったのだ。いや、感激しました。

今日までに、スミッティーのアルバム3作と、クララ・マクダニエルのアルバムに参加しているほか、リーダー作も2作発表している。
2000年12月には、パークタワー・ブルース・フェスティバルにも出演した。

Arther Williams
Harpin' On It

(Fedora FCD-5013)

Arther Williams
Ain't Goin' Down

(Fedora FCD-5019)

Frank Frost & Jerry McCain
Southern Harp Attack

(P-VINE PCD-24047)

Big Bad Smitty
Mean Disposition

(The Blues Genes GCD-4128)

Big Bad Smitty
Cold Blood

(Hightone HMG-1003)

Big Bad Smitty
Unwired Roots
(Amphion 0001241)


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